オバマ大統領はなぜ広島を訪れるのか

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2016年05月15日 08:14

アメリカのオバマ大統領が、今月下旬に伊勢志摩サミットに出席するため日本を訪問する際に、 現職のアメリカ大統領として初めて、被爆地・広島を訪れることになりました。 言うまでもないことですが、政治的イベントは、表と裏、本音と建前、関係者双方の思惑が複雑 に絡み合って実現します。オバマ氏の広島訪問も、そうした視点から考えてみる必要があります。

7年前のプラハ演説で「核なき世界」を提唱しノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領の意図は、 はっきりしています。核の軍縮・不拡散の交渉が思うように進んでいないまま任期切れが迫る中で、 「核なき世界」の理念を改めて発信し、政権を締めくくる区切りにしようということでしょう。

安倍総理大臣にとっても、今回のオバマ大統領の決断は願ってもないことです。ケネディ駐日大使、 ケリー国務長官による広島訪問で地ならしを進め、自らが議長を務めるサミットを凌ぐ外交イベ ントの実現に漕ぎつけました。核軍縮に向けた姿勢と日米関係の緊密さをアピールし、核保有国 への道を諦めようとしない北朝鮮、海洋進出を強める中国への抑止力につなげたいところです。

こうした双方の狙いを橋渡しして訪問を実現させるために、ここだけは譲らない一線があったと 見受けられます。オバマ大統領は、原爆投下の「謝罪」には踏み込まない、ということです。アメ リカ国内で原爆投下を正当化する意見が根強い中、原爆死傷者慰霊碑に花を手向けて哀悼の意を 表すというところで、日米両政府が折り合いをつけたとみられます。「謝罪」を求めている被爆者 からすれば十分な対応ではないわけですが、安倍総理大臣は想定していたところに落ち着いたと 考えているのではないでしょうか。というのも、日本に対するアメリカの立場は、中国や韓国に 対する日本の立場と重なる部分があるからです。オバマ大統領と共に、過去に焦点を当てるより 未来志向で進んでいこうというメッセージを発信し、日中・日韓の歴史をめぐる問題にも区切り を付けたいという思いが滲んでいます。

さらに、視野を広げてみると、オバマ大統領と安倍総理大臣の決断は、ある人物の存在が間接的 に後押ししたように思えてなりません。ドナルド・トランプ氏です。 ご存知のように、トランプ氏は、移民排斥や女性蔑視の発言で論争を巻き起こしながら、当初の 大方の見方を覆して、共和党の大統領候補に指名されることが確実となっています。

 そして、トランプ氏は、在日米軍の駐留経費の負担を増額しなければ米軍を撤退させる、日本の 核保有はあり得ると、日米関係の根幹を覆すような発言を繰り返しています。11月の大統領選挙 でトランプ氏が勝利した場合を考えれば、それまでにできることはやっておかなければならない、 と考えるはずです。特に、安倍総理大臣としては、日米関係の緊密さをこれまで以上にアピールし、 国内外の核保有への懸念を払拭しておく必要があります。

週明けから、オバマ大統領の広島訪問に向けた動きが、連日ニュースで取り上げられることになる でしょう。「核なき世界」の理想と安全保障の現実にどこまで意義あるものになるのか、そして、被爆者の心に響く何かを残すことができるのか、さまざまな視点から冷静に見ていきたいと思います。


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